2008年08月19日

最近感じる悲しみ

昨日、両親が田舎から帰ってきました。
これで私の一人暮らしも終わりです(笑)

さて。
日曜日の絵チャ楽しかったですvとか
自分のサイト4周年を完璧に忘れてたことに気づき愕然としました…とか
今マイリトルラバー甥っ子の寝顔見てます♪とか
拍手と拍手メッセありがとうございます!とか、
書きたいことはいっぱいあるのですが、また後ほど。

先にうだうだ、最近感じたことを書いておきます。





金曜夜も土曜夜も、観劇。

ひとつは知り合いが参加している劇団の解散公演……
(どうも主催者に子どもができた為らしい☆)
悲しくて、力強い舞台でした。
ファンタジー世界を構築しながら、ストレートにメッセージを観客へ突きつける情熱。
最後の最後まで健在でした。

もうひとつは、朗読の先生が出演された二人芝居。
広島の原爆投下から三年後、一人生き残った娘と、
娘のもとにひょっこり現れるようになった、父親(←どうやら幽霊)のお話。
悲しいけれど、温かい舞台でした。



どちらも悲しいのは、「戦い」があるから。



遥か4も悲しい物語がいっぱいでした。
それに。最近、全話一挙に見たアニメ「AIR」(元はゲームですが)も。
こちらは千年前の、いやそれ以上前からの悲しみが、
今なお、悲しみを生み続けていました。
「スカイ・クロラ」も悲しかったな。あれは単純な戦いによる悲しみじゃないけど。

これは歴史の話。
うちの両親が、田舎に帰りがてら、奥州平泉に行ってきたんですけどね。
平泉を本拠に東北に勢力を築き、中尊寺を造営した、藤原清衡。
(源義経を保護した秀衡さんの御祖父様ですね。)
彼も、悲しい人でした。
前九年の役で、父親はノコギリみたいな欠けた刃で首を斬り落とされ。
母親は敵方に嫁がされ(おかげで清衡は生き残れるんですが)。
後三年の役では、勝利を収めるものの…妻子は、失われ。
……もう、こんな戦いが起こらないよう、
東北の地を、仏法に守られた安らぎの場にできるように、と
清衡はそんな願いをこめて中尊寺を造ったそうです。
(その子・孫も意思を継ぎ、源平の合戦でも中立の立場を貫いたそうな。
 孫の秀衡の、死の間際までは、でしたけどね……。)

歴史の中に、戦いと悲しみを探せば、きっときりがない。



戦い。
争い。
いくさ。
合戦。
戦争。
革命。
紛争。
内乱。

殺しあい。



人が、人を、殺すということ。

魂を侵すということ。



そして生まれる悲しみは、古い歴史やフィクションの中だけの話ではないんですよね。
現実に、現代に、今も。
むごい悲しみは絶えない。



人が失われるのは悲しい。



どうしようもなく、悲しい。



ああ、だから、

人を殺してはいけないんだ。

できるだけ傷つけてはいけないんだ。



――そんなこと、「知って」いたけど。

最近「感じて」ます。





でも、必死に生きようとする人って、やっぱり惹かれるんですよね。
だから命がけの状況(戦争など)を描くフィクションが、絶えないんだろうな。



人が、人を、殺すということ。



空想の世界だけに起こることであればいいのにな。

本当に。

ほんとう に。

at 13:51│