2007年05月29日

SS「チクリ」

 少しずつ日が伸びて。
 いつの間にか木々の葉は、青く。
 初夏。

 それはビンボーなわたしたちにとって絶好の野宿シーズン。

 そしてそして。
 “彼ら”が動きだす季節でも、ある。




「う~、かゆいかゆい。かゆいーっ!!」
 夕飯の準備中。
 なーんかかゆいなぁと思ったんだよね、首が。
 ナイフを握る手を休めて、近くにいたキットンに見てもらうと。
「ああ、虫にさされてますねぇ」
「へ!? もうそんな季節??」
 そう、そんな季節。
 夏がくれば緑がしげる。
 緑がしげれば、彼ら……虫たちが活発に動くのよね!
 とくに気になるのが、ブーンという嫌な音をたてながら人に忍びよって、勝手に血を失敬していく失礼な奴!
 蚊!!
 ああん、もう、かゆみが気になるぅー!
 キットンに薬を塗ってもらったお陰でだいぶ良いんだけど、それでも。
 かゆみって駄目なんだよね~。一度意識すると、さ。

 あとは焼き上がるのを待つだけとなったミミウサギの肉。
 香ばしい匂いに包まれながら炎を見つめてるんだけど、やーっぱり気になるのは…
「首、かゆいぃー………」
「ったく。いちいち大騒ぎしすぎなんだよ、虫くれぇで」
「!?」
 驚いたのは一瞬。
 草を揺らす音もたてずに突然現れた(ように思える)声の主は、ふりかえらなくても、わかる。
 それでも一応、顔を見る。
「なによー。トラップだって、虫にさされたらうるさいぐらい『かゆい』って言うじゃない!」
「へ? いつ、んなこと言いましたかねぇ?」
「去年までの今頃! 毎年!」
「けけっ、ザンネン。そんな古い話、覚えてねぇーなぁ」
 ニマニマと笑いながらわたしを見下ろしてくる。
 くわあああ! 覚えてないわけあるかぁぁぁああ!!
 そもそも、今は皆して野宿の準備中だってーのに、今の今まで姿消してたコイツは何なのぉーーー!?

 ちなみに、クレイとノルはテントを設営してから、今は薪拾いに行ってくれている。
 ルーミィとシロちゃんは彼らのお手伝い。(戦力になってるかはさておき。)
 さっきまでここにいたキットンは、皆のために虫さされ薬や虫よけ薬をたくさん調合しようと、急遽薬草の採集へ。
 役に立ってない人物、約一名。
 そのくせ、そんなこと気にもしてない、このニヤついた笑い顔………

 うー、ダメだ! かゆさと空気の生温さとトラップっちゅートリプル攻撃で、もうイライラしちゃう。
 せめてトラップだけでも無視しよう。そうしよう。
 ぷいっと顔をそむけて、また炎を見つめる。

 途端、くいっと、アゴをつかまれて強引に後方を向かされる。

「……何よ」
 目の前にトラップの顔。
 しなやかな指先でわたしのアゴを挟んでいるらしい彼の瞳は、わたしの顔よりも下…胸元?を見てる。
「あんだよ、んーな変なとこ虫にさされたのか」
「え? あ、ああ、うん」
 トラップの一言で、彼が見てるのが胸元じゃなく首筋なんだと気づく。
 そうよね、なんで首なんか虫にさされたんだろ。
 普通は腕とか足とかさー……
 と、考えている間に。

 トラップの瞳がわたしの瞳を捕らえた。

 笑い顔。
 だけど。
 何なの?

「おめぇって、変な虫に狙われやすいからな」

 何なの。
 意味深。

「べ、べ、べっつに。今日はたまたま、ここをさされただけで」
「いんや、今日だけじゃねえ」
「えええ??」
 な、何が言いたいんだろう?
 トラップの言うことがわからなくて、トラップの顔が近くて、混乱する。
 変な虫??
 狙われやすい??
 いつ!?
「自覚が無ぇのは、まぁある意味、救いなんだけどよ…」
 トラップの笑みに苦さがまじる。

 そして彼は言った。
「おれがさっきまで何してたか、教えてやろうか?」
 彼の指に力が込められて、強く強く、引き寄せられる。

「おめぇーにくっつこうとしてる虫を、追っ払ってたんだよ」

 …………どう反応すればいいんだろう。
 迷っていると、ますますトラップが苦く笑う。
「あー、やっぱりわかんねぇよなー」
「え、いやあの、え? 虫を、追っ払ってくれたの?」
「いい、いい。どうせ相手はおめぇが名前も知らねー奴だ」
「は?」
 相手? 名前? 虫の??
 頭の上にハテナマークをぽこぽこ浮かべていると、ぱっとトラップがわたしのアゴから手を離した。
 そうかと思うと、力強く両肩をつかまれて。

 あまりに突然で、驚くこともできなかった。



 チ ク リ 。



 さされた?
 ううん。
 吸われた。

 虫にさされたのと同じトコロを、トラップに吸われた。
 そう、首筋を。

 彼の、くちびる、で。

「ん。いい虫よけになんだろ」
 意味不明なことを言いはなち、その表情を見せずに、わたしの声も聞かずに立ち去るトラップ。
 草がガサガサと音を立てて揺れて、静まった。

 気がついたら、ミミウサギの肉が焦げていた。





 日が伸びて。
 木々の葉は青く。
 初夏。

 絶好の野宿シーズン。
 そして虫たちが動きだす季節。

 首筋が熱くてたまらない。
 心が、むずがゆくて、たまらない。
 キットンの薬よりもずっと虫さされのかゆみを忘れさせてくれたその感覚は、だけどあまりに鮮やかすぎて。
 わたしを眠りから遠ざけた。

 そのくせ、奴のイビキはテントの中でバッチリ響いていて、またイライラさせられたのだった。



 何かが動きだしそうな予感を忘れさせてくれるほどに。







* * * * *


最近虫にさされまして。
で、とりあえず最初の10行くらいをなんとな~く書いて、
あとは流れるまま適当に書きました。
……何してんの、トラップ!?(書いてビックリ)
どうやら虫だけでなく少年もじっとしてられない季節のようですな。
乙女の血でなく心を吸いあげる蚊トラップ。
しかしそんな大胆なことする勇気があるなら告白すればいいのになぁ~。(自分で書いておきながら。)


at 23:59│